SHC 「それなら、ヘッドホンで聴くイベントだ!」
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ソニーのウォークマンの発売が1979年。いつでもどこでも音楽を持ち出して楽しむというスタイルは、21世紀のiPodの発売で更に生活に定着することになる。電気量販店のスピーカー・コーナーは、いつもガランとしている一方で、ヘッドホンやイヤホンのコーナーは広くて人で賑わっている。「インナー・イヤホンに2万円?」とは思うものの、まぁ、そういう人もいて当然だろう。
個人的な音楽体験はヘッドホンで。多くで楽しむ時はライブやクラブのサウンドシステムで。こうした棲み分けが普通だと思っていたのだが、あるライブの情報を見つけてしまった。
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【SHC #17】ヘッドホンで聴く、屋外の映像と音のイベント。
2011年10月29日(土) 19:30-22:30(開場18:30)
入場料 : 1,000円(1ドリンク付)(+FMラジオをお持ちでない方は貸出料500円)
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なぜヘッドホンでライブを?どういう理由で?SHCとは「Sleeper Hallucination Camping」の略のようだ。「眠りと幻覚のキャンプ」?怪しい。疑問は残るものの、嗅覚に従って参加する事にした。単純に「面白いかも…」と予感しただけだが。
場所は大阪市西区『安治川倉庫FLOAT』。JR西九条駅から阪神線を南に下ると、川に阻まれた行き止まりになる。そこにあるのが「川底に架かる橋=安治川トンネル」だ。人と自転車専用のエレベーターで地下に潜る。仄暗い通路を通って対岸に。地上に出ると古い倉庫群。その一角に『FLOAT』はあった。
受付で入場料を払って、メインフロアである建物の外に出てみる。地面にはキャンドルが並べられ、数人の観客がライブの始まりを待っている。ドラム缶の焚き火の周囲にも数人。ビールを飲みつつ雑談に興じている。寒さ対策の座布団を敷く人もいて、それぞれが自由にその場所にいるといった感じだ。
借りたFMラジオのジャックに自分のイヤホンを差し込むと、イベント主旨を案内する落ち着いた女性の音声が聞こえてきた。つまりシステムとしては、会場内のアンテナが発信する電波をキャッチするという形になる。(会場内に設置されたヘッドホンアンプに直接ジャックインする方法もある。音質重視なら、この方がいいかもしれない)
そして、いよいよ開演
倉庫の外壁にプロジェクターで投影された映像を眺めながら、耳から入ってくるライブの音を楽しむという趣向だ。(どうやらライブは2階フロアで演奏されているらしい)
演奏される音楽はポップでもなくダンサンブルなものではない。J-POPしか聴かない人にとっては、理解不能かもしれない。とはいえ時間・場所・天気・気分・体調…その時々で心地良さを感じる音楽は違ってくる。いや、求めるているのが「音楽」でさえない時だってある。夜、眠りたい時に必要なのは「響き」なんじゃないだろうか。母親が読んでくれる絵本の声とか…。
そういう僕にしても音楽に精通している者でもないので、勝手流になってしまうが、この日の出演者を登場順に紹介してみよう。
■slonnon + sonsen gocha bacco
トップは音響のslonnonとドローイングのsonsen gocha bacco のユニット
アンビエントな音をベースにしつつ、騒音・雑音・テレビ番組(?)などの生活音をコラージュした音の風景を創り出す一方で、sonsen gocha bacco はドローイングの過程を見せてゆく。時間を行きつ戻りつさせたタイムシフト効果が面白い。
■Rick Tuazon + Garry Lindon
ベースとギター、二人の外人ミュージシャンによるセッション。
といってもロック的なノリではなく、二人が内省的に互いの音を確かめながらの即興演奏といった感じ。そのパフォーマンス映像はサブの壁面にはノーマルに、メイン壁には100面の分割マルチとなって現れ、ランダムに動いてゆく。(このエフェクトも本人がプログラムして持ってきたらしい)
■musika-nt
浮遊感のある不思議なエレクトロニカ。
「アンビエント」という言葉から一般に想起される、馴染みのある心地良い響きがある。抽象度は高いが、もちろんブライアン・イーノのそれではない。映像は至ってシンプルでシンボリックだ。グラスの中から無数の気泡が無限に沸き立つようなイメージに見えたが、実際はもっと複雑な過程を経た結果のものかもしれない。
■丸尾 丸子
最後はロシアン・ラップ・ハープの弾き語りから始まった。それまでの3組とは全然違う、アコースティックなライブ演奏。か細く震えるような発声で、言葉を紡いでいくといった印象だ。その後、アコーディオンに持ち替え、ラストは口琴をくわえたままの歌唱。映像は演奏者のバスト部分のみが、大胆に切り取られている。壁の中央窓だけブラインドが開かれ、中で演奏している様子が、温もりのある影としてチロチロと見え隠れする。巨大なプロジェクション映像との対比が素敵だ。
大阪でこうしたイベントが開かれている事を知ったのは、本当にたまたま"めっけ"たものだが、新鮮で面白い体験であった。しかも今回で17回目。これだけコンスタントに開催されているイベントも珍しいのではないだろうか。
主催者の杉原尚樹=slonnonさん(1978年生)に、イベントを始めた経緯などを聞いてみた。
同席いただいたのは会場である『FLOAT』の米子匡司さん(1980年生)。
杉原「高校の頃からテクノ音楽を始めたんです。昔なら手の届かなかった機材も、僕らの世代になると、バイトすれば買える程度になってましたしね。打ち込みの音楽を作る一方で、大学の頃はクラブでDJをするようになって、そこで仲間ができたんです。じゃあ一緒にイベントをという話にはなるんですが、会場を借りると一晩で何十万なんてこともあるので…。好きな者同士で楽しめる、内輪だけの小さなイベントをすることにしたんです。
会場は夜の公園。昔の南港には人もそんなに住んでませんでしたし、だだっ広い公園というか空き地があったんでね。そこに仲間のDJ同士で発電機やターンテーブル、スピーカーなどの機材を持ち込んで、それぞれがDJプレイを披露する。深夜の空き地で20人位が好きな音で踊れるイベント。面白かったですよ。朝まで踊って「またやろう」と別れるんです。
何年かそんな事をしてたんですが、みんな歳も取ってくる。いつまでもやる訳にもいかなくなって一旦解散したんです。僕もしばらくカナダでワーキングホリディに行ってたんですが、帰国して、ふとその頃の事を思い出してしまったんです。27歳になってました。」
杉原「もう一度やろうという事になったんですが、南港のその空き地は無理だったので、別の人気のない場所を探し、マンション工事中の広い所でイベントを復活させたんです。1年目うまくいったので、2年目もと同じ場所でやったんです。マンションは相変わらず工事中で、人が住んでる感じじゃない。
ところが、パトカーがやって来たんです。
こっちから出向いて話を聞くと、苦情が20件も出ていると……看板があったのでメーカーの工場だと思っていた建物が、実は社員寮だったんです。もう、お巡りさんに謝り倒すしかなかったですね。住所と名前を書かされて…。
その時はかなりヘコみましたよ。
でも、何日かするうちに、残念だったという思いが悔しさに変化してきた。どうにかして苦情の来ないイベントをできないものかと考えるようになったんです。音が無ければ…迷惑をかけなければ…ヘッドフォンを使えば…。ぼんやりとですが。
そんな頃に『FLOAT』を知ったんです。友人のライブで来た時、「この壁に映像を映し出したら…」と、SHCのアイデアが固まり始めたんです。
それで『FLOAT』の米子さんに相談してみたんです。「ラジオとヘッドフォンを使ったイベント」という漠然としたものだったんですが、米子さんから「ラジオなら50個あるよ」という言葉を頂けて。」
米子「杉原さんからSHCの構想を聞いた時点で面白いなと思いました。ラジオは、以前開催した展覧会で、作品に近づくと音が聞こえるという企画の時のものに買ったものでした。FMトランスミッターも杉原さんの持っていた機種と全く同じものを持っていて、妙な所から意気投合しました。」
杉原「メインの道路から外れた場所。無音で映像が映し出されている。若者たちが集まってじっとしている(同じリズムで体を動かしている)…そんな不思議な光景が見てみたかったんです。ドラム缶で焚き火をする時は、消防署の許可をもらっています。パトロールのお巡りさんが来ても、文句を言わせませんよ。すごすご帰るお巡りさんに、心で「ヤッター」とか叫んでますね。
見る方によっては、アートの文脈で捉えていただけてますが、SHC主催者の僕の根っこは、すごく単純な事なんです。どうすればもっと面白い光景を作れるかなんです。」
今回の経験でも、通り過ぎる人達は一様に不思議そうな顔をしていた。堤防を歩いてきた釣り師もしばらく立ち止まって見ていた。巡回パトカーも徐行していた事を考えると、きっと壁をのぞいていたのではないかと思う。事の次第を知っているイベント参加者は、日常の中のハプニングを仕立て上げる集団の一員だ。少し気恥ずかしいが愉快である。
杉原「SHCは始めからアンビエントを志向して始めたイベントじゃないんです。ただ生のドラムを叩いてしまうと苦情がね。結果、パソコンから音を出すとか、アコースティクなライブとかになってしまいます。ただジャンルにはこだわりたくないです。もちろん音楽目当てでもいいんですが、SHCに行けば何か面白い事をやっている…そんな期待ができるイベントにしたいんです。
以前、女性のお坊さんに出演いただいて、ライブで説法してもらったんです。プロジェクターで壁一面に説法光景を映しだして、みんな真剣に聞いてましたよ。
壁を事前に撮影した上でCGを制作して、窓の中だけに文字が走るとか、壁全体を歪ませるとかした方もいました。今流行している「プロジェクション・アート」を、2年以上も前にです。
その他にも、僕自身も実際に体験するまで分からなかったんですが、屋上・2階・1階をフルに使われた効果的なパフォーマンスを見せられて、すごく刺激を受けた事もありました。
ライブのMCで皆んなが盛り上がるように、例えばお笑なんていうのも面白いでしょうね。暗い静かな場所で、突然、笑い声が響きわたるとかね。
とにかく、音楽というジャンルに括れないイベントでありたいと思ってます。
出演者は、友人や知り合い、『FLOAT』の米子さんの人脈で広がっている感じでしょうか。
初めて出演いただく方には、これまでのイベントの参考写真を見ていただいて、ビデオカメラ2台とDVDがある事を投げかけるだけです。僕がディレクションするのではなく、出演者におまかせなんです。作った映像をDVDに入れて繰り返す事もできますし、ライブを自分でプログラムしてきたエフェクトをかけて映しだす人もいます。」
杉原「お客さんを見ていて発見する事もありました。ある時、参加してくれた友人が聞いていたヘッドフォンを、サウンドチェックのために借りたんです。すると、僕の常識からすると信じられないくらい音量が小さいんです。でも彼は「これくらいが丁度いい音量だ」と言うんです。確かにライブに行って音はいいのにPAの音量が大き過ぎると感じる事もありますからね。個人個人で音楽に対する思いは違う。楽しみ方にしても、例えばアンビエントで心地良くなっても、クラブで寝る訳にはいかないでしょ。
SHCでは何をしてもらってもいい。ヘッドフォンを外せば喋れるし、ビールを飲んでもいい、川を眺めていてもいいし、歩き回るのも自由。自分の心地いい音量にすればいいし、本当に寝てもOK。お客さん本意なんです。」
イベント終了時、眼を閉じて聴いている思った人が本当に寝ていたのには驚いた。風邪をひくといけないので起こして差し上げたが…。
しかし、冬という季節にこのイベントはどうなんだろう。
杉原「もちろん冬は寒いです。寒いからいいんです。参加される方も毛布を持参するとか防寒対策をしてきてくれますよ。こちらも冬は温かいお茶やカイロ、焼き芋とかもを配ったり。貸出用の寝袋も20袋用意してます。でも、SHCを始めたのが3年前の12月だった事もあって、僕の中ではSHCは冬のイメージなんです。寒い中で好きな音に耳を澄ますという感じでしょうか。」
なんとなくだが、分かる気がする。夏に聴く音楽はその明るく弛緩する気候のせいで容易にBGM化してしまうのに対して、冬の音はその暗く静謐な空気感のために研ぎ澄まされた響きになる。そんな感じだろうか。焚き火とかキャンドルの明かりというのも冬だけの演出のようだ。
杉原「お金の話は苦手で、儲けとかは意識しません。入場料を出演者で割る方法もありますが、すごい集客があるわけでもありませんからね。それだと遠い所から来ていただく出演者の負担になるんです。だから、大きな金額ではないですが一組毎に出演料を支払う事に決めたんです。
大変ですが、自分でカレーを作ってお客さんに買ってもらったりとか、フライヤーを工夫するとか、自分でできる事は自分でやる。会場を提供してくれる『FLOAT』の米子さんがいる限り、イベントの設営は一人で出来ますし、受付を手伝ってくれる友人だっている。
お金であまり無理をせずに、自分の身の丈サイズでイベントを続けていけたらと思ってます。」
という訳でSHCは続く。そして12月の17日。18回目のSHC=3周年イベントが開催される。取材時は出演者は未定だが、3周年という事もあり、SHCゆかりのアーチストにも声をかけたいとのこと。
「おおさか☆めっけ」でも告知すると言うと…「どうせなら、プロジェクションで告知するのはどうですか?SHCらしいでしょ」と意外な申し出が。ホントに?
それでは告知です。
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【SHC #18】ヘッドホンで聴く、屋外の映像と音のイベント。
2011年12月17日(土)
詳細は、FLOATのページで発表されるので是非チェックを
FLOAT
〒550-0024
大阪市西区安治川2丁目1−28 安治川倉庫
TEL 090-9860-2784
http://float.chochopin.net/
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そして今回の取材のもうひとりの主人公が、FLOATというオープン・スペースを開設し、ここに住んでいる(!!)米子匡司さん。興味深い話を聞かせていただいたが、同じエントリー記事にしてしまうと、視点がボヤケてしまう。なので、別記事にしてアップすることにした次第だ。
キーワードは「住み開き」だ。 (記事はここをクリック)
※追伸エピソード
杉原さん、例の「お巡りさんに叱られた場所」でもイベントを開いたそうです。もちろん音はヘッドホンで。だから苦情も無し。ナイス・リベンジでした。
文 福田浩一
撮影 今西一寿