イベント・スペース 安治川倉庫 FLOAT
20:34 // 0 コメント // MEKKEkun // Category: アート , イベント , 注目記事 // 前回のエントリーでレポートした「ヘッドホンで聴く、屋外の映像と音のイベント=SHC」。(記事はここをクリック) このイベントを成立させているのは、会場であるFLOAT(フロート)であると言っていい。主催者の杉原さんと並ぶ、もう一人のイベントの立役者は、ここを主宰している米子匡司さん(1980年生)だ。安治川の堤防沿いに立ち並ぶ…いや正確に言うと、周囲には空き地となったブロックも見受けられる事からも、取り壊されずに残っていると言う方がいいかもしれない。建築的な価値はよくわからないが、かなり老朽化した倉庫だ。昭和という時代を感じる。
倉庫というだけあってメインフロアの1階の天井高は高い。コンクリートブロックで覆われた内壁。剥き出しの鉄骨。搬送用だろうか、エレベーターの名残りもそのままだ。2階は事務所となっている(SHCのライブスペースだ)。
各種PA機器。奥には昇降エレベーター
1階内部。シャッターの向こうは安治川堤防
安治川というロケーションも含め、独特の雰囲気を持つこの場所を、イベント・スペースとしてパブリックに公開している米子さんに、数匹の猫がうろつく事務所で話を伺った。
米子「FLOATは2008年8月31日にオープンしました。
僕自身が音楽活動をしていたので、とにかく音を出せる場所を探していたんです。プライベートな音楽スタジオという意味では無くて、音楽を含めたイベントを開けるような場所が欲しかったんです。
とはいえ、自宅とスタジオを2軒同時に借りるのは経済的に無理でしたので、住居にもなるオープンスペースです。
環状線を一駅ずつ降りて探しました。天神橋商店街あたりの物件は家賃が高いし、寺田町となると隣家との壁が薄くて音は出し辛い。本当にいろんな物件を見てきて、最終的に見つけたのがこの倉庫なんです。昼間は工場街なので音も出し易いし、表の道の雰囲気も気に入り、コスト等の条件も合致した。堺出身なので、この辺の事情には明るくなかったんですけどね。」
江戸時代、大坂は「天下の台所」と呼ばれるように、物流と商業の中心地だった。とはいえ、その基地となったのは現在の大阪港・南港ではない(存在すらしてなかった)。大型船は安治川河口に停泊し、荷物は水運の良い川を利用して全国の蔵屋敷のある中之島に近い河川港で下ろされていた。それが川口・安治川地区だ。明治以降も、港湾機能の中心はこの地区であり、たくさんの倉庫群や造船関係の工場が作られてきた……という歴史を持っている。
米子「ところが契約した大家さんに、住むつもりだと伝えると、ダメだと言うんです。とにかく住居にするのはNG。理由はよく分からないのですが、そうらしくて…。
聞くところによると、この建物は昭和30年頃に建てられたものらしいんです。海運倉庫だったのか、今でも国の持ち物みたいです。契約書にも「内務省」という文字が書かれてますからね。
事務所兼イベントスペースならOKという事なので、とにかく契約したんです。まあ、住んではいますが…事務所に泊り込んでいるという事にしています。」
倉庫に住む…それだけでも驚きだが、そこが国有地とは…。頭は疑問符だらけだが、米子さんは軽々と実行している。しかも、ここはパブリックな場として開放されている。
それは「住み開き」と呼ばれる活動のようだ。
住み開き(すみびらき)とは、住居や個人事務所といったプライベートな空間を、本来の用途や機能を保ちながら、一部を限定的に開放しするこ とによってセミパブリック化させる活動や運動、そのような使われ方をする拠点のこと。自宅で子どもが独立してできた空き部屋や、事務所の空間、改築によっ てできたスペースをカフェやギャラリーなどとして、近隣の人たちにスペースを開放する。アイデアで色々な用途に使用でき、新しいコミュニケーションの場として広がりをみせている。(Wikipediaより)
プライバシーやセキュリティ意識ばかりが強調されがちな昨今、一部であるとはいえ、私的な領域である自宅を、広くオープンに公開するとはどんな気持ちなのだろう。抵抗は無かったのだろうか。
米子「確かに、もともと住んでいた場所を、後になって開放するというのは、いろいろ問題も出てくるかもしれません。でも、僕の場合は最初から場所を開こうと思って住み始めたわけですから。それに、たぶん僕自身、プライバシーが無くても大丈夫な性格だった事も大きいでしょうね。
ただ、場所を開いてみてから気づく事もありました。細かな話ですが、ある女性から「トイレに汚物入れを置いて欲しい」とお願いされたんです。ハッとしましたよ。一人暮らしの男には意味が分からないですよね。そうか…不特定多数の人に開くというのは、こういう事なのかと。
「住み開き」を持続させるという点では、一人だと手が回らない事もあると思います。友人グループで場所を借りて「住み開き」というのも、ケンカ別れしてしまう事だってあるでしょう。一番安定的なのは家族という単位じゃないでしょうか。「住み開き」という活動を、理解し協力してくれる家族がいれば、上手くいくと思います。」
この時に例として挙げられたのが、谷町4丁目にある「谷町空庭」。(こちら)
主宰者の方の家族が所有する自宅ビルの一部分を活用して「住み開き」を続けてこられているようだ。調べてみると、「住み開き」だけではなく、自給農プロジェクトや共用オープンオフィスなど多彩な活動をされていて興味深い。
米子「イベントをやる時は、いつもホーム・パーティの延長線上だと思ってます。
当初は、どんな企画でも、やりたい方を受け入れていたんです。となると、知らない人たちが来て、イベントをして帰る…その間ずっと立ち会う事になるんです。自分が興味の持てない事のために、一日を使うのは辛いですよ。立ち会いながらも「僕は何をしてるんだろう」という感じです。」
FLOATではどういったイベントが開催されているのだろう。
米子「知人に頼まれてイベントに貸す事もありますが、一番多いのは僕が思いつきでやるイベントですね。
今、定期的にやっているのは小田寛一郎くん・蛇谷りえさんの2人が中心になってはじめた「図書室の日」。始めて1年半になります。
実はこのFLOATをオープンした当初から、外に本棚を置いて自分の本を出してたんです。そもそも本を捨てたり売ったりすることが出来ないもので。誰かに読んでもらう方がいいですし。とはいえ、なかなか利用する人が増えなかったので、友人との話の中で出てきた「図書室の日」をイベント的に始めたんです。ひとり10冊位、みんなでお薦めの本を持ち寄って作った図書館なんです。
月一回の開放日として「図書室の日」を設けています。本当はその日じゃなくても、事務所に誰かがいれば利用してもらえるんですが、まぁ「図書室の日」に借りられる方が多いですね。 ただ最近は本が増えていくばかりで。スペース的にも限界がありますので、どうしようかと考え中です。」
2階事務所にてSHC企画の杉原さんと
米子「音楽イベントとして定期的にやっているのはSHCです。3年も続いてますから、僕自身も安心して貸せますし、対外的にもFLOATの名物イベントと思われているようですね。
僕も音楽をやってきた人間ですし、初期のSHCには当然のように出演してたんです。でも実際にやってみると、出演するだけでは済まない。FLOAT側の人間として、PAの担当とかリハーサルの立会いとか色々やるべき事があって大変なんです。
それ以来、SHCに限らず、ここでの音楽ライブには出ないようにしてます。ある意味、自分の家でもありますし、どちらかに絞らないと集中できないですからね。
もちろん音楽を辞めた訳じゃなくて、FLOATでの出演をです。別の場所での音楽イベントではちゃんと演奏しますから。」
FLOATを運営者として取材したのだが、米子氏はそもそも音楽家である。ソロやコラボの他、「SamuraiJazz Quintet」等のユニットで音楽活動を続けられている。SJQのホームページで視聴できるPV(こちら)を見る限りにおいては、かなり先鋭的でエクスペリメンタル(実験的?)だ。いやはや何とも面白い。残念なのは、僕自身が米子氏と深く音楽談義できるレベルではない事だ。
FLOATの運営方針的な事を訊いてみた。
米子「例えば本なら印税がありますよね。読者が新刊で買って、読んで楽しんだ分がキチンと著者に還元されるシステムです。でも演劇にしても音楽にしても、ライブの場合はそうはならない。
ライブハウスは大抵の場合、出演者からお金を取って営業するんです。お客さんは、出演者に払っているつもりの入場料も、実際は場所代に消えてしまう。いや、場所代にさえならない事の方が多い。出演者が潤うためには、かなりの動員が必要なんです。
それって何かがおかしい。僕自身も出演する側の人間でもあるので、そう思ったんです。
だからFLOATでは基本的に場所代はいただいてません。営業的にやるつもりは無いんです。ただ、入場料を取って諸々の経費を引いても、まだ儲かっている時には、何割かくださいとは言ってるんです。けど、ほとんどは残りませんね。もし、お金が余ってるなら出演者に払ってもらう方が嬉しい位です。
バンドのライブ会場の候補のひとつとして見られても、普通のライブハウス的な営業をしてませんし、使う側にしても、かなり勝手が違うと思うんです。そのへんを理解いただけるなら、知らない方にもお貸ししたいと思っています。でも、どこでもできるけど、ここの雰囲気がちょっと気に入ったという程度なら、他でやってもらう方がいいと思います。 お互いにね。
僕が面白いなと感じれれば、何でもやってもらいたい。まぁ、企画段階では分からない事だって多いですけどね。ただ、少なくとも、ここでやることの意味があって欲しいとは思います。
前にやったイベントですが、裏の安治川にボートを浮かべて、屋上から蹴ったボールを追って動き回るパフォーマンスとか、体にワイヤーを付けた人を屋上から大勢で引っ張り上げて垂直の壁を駆け登るイベントとか……。
FLOATだからこそ(笑)できるようなものがいいですね。」
場所としていえば、利便性の良い所ではない。スペースとしていえば、美しく快適とはいえない。
だが、誰しもが設備の整った立派なホールを必要とする訳ではない。大きな器には大きなバジェット=リスクが伴うものだ。
「お金であまり無理をせずに、自分の身の丈サイズでイベントを続けていけたら」と言うのは、SHCの杉原さんの言葉だ。
音楽にしろ、アートにしろ、新しい自分だけの表現を誰かに提示しようとする時、それに相応しいサイズがある。万人受けせずとも、その表現に価値を見出す者が集う「場」として、FLOATという環境は、すさまじく機能する。
価値付けられた過去の表現を並べて見せるのはギャラリーだ。それはFLOATの役目ではない。不安定にフワフワと浮かぶ(=フロートする)小さな表現の種子たちが、存在してゆくためにこそ必要なスペースなのだろうと思う。
聞きそびれた「FLOATの名前の由来」…そんな感じじゃないだろうか。邪推なんだけど。
他所のイベントの案内板
文 福田浩一
撮影 今西一寿
FLOAT
〒550-0024
大阪市西区安治川2丁目1−28 安治川倉庫
tel 090-9860-2784
http://float.chochopin.net/