「はやぶさが持ち帰ったもの」 大阪市立科学館/飯山青海さん
1:29 // 2 コメント // shuhei // Category: 科学 //その日は土曜日で、もうすっかり陽も落ち、がらんとした会社で1人、僕は仕事に追われていた。いよいよ気分も滅入ってきたところで、ふとあるネットニュースの記事に目が止まった。
『小惑星探査機 はやぶさ、明日帰還』
2010年6月13日、数々のトラブルに見舞われながらもそれを乗り越え、成功すれば史上初となる小惑星サンプルの採取に挑戦した『はやぶさ』が、7年というその長い旅を終える、まさにその前夜だった。
皆で夜空を見上げ、はやぶさに「おかえりなさい」と伝えよう。ネット上では、そんな声が広がっていた。深夜の家路でそれを思い出し、見上げても、星が見えないことに気づく。美しい星空と都会の夜景は両立できない。天の川が見えるくらいの星空を楽しむには、大阪のような都会からは100Km近く離れる必要があるらしい。
北区中之島にある『大阪市立科学館』。
様々な科学の楽しさに触れることが出来るのはもちろん、大阪では中々見ることが出来ない美しい星空を楽しめる世界最大級のプラネタリウムがある。
こちらで学芸員として勤務されている飯山青海さん。
プラネタリムの投影や、流星・彗星・小惑星を中心に惑星科学分野と科学分野を担当されている。そして何と飯山さんは、はやぶさカプセル回収隊の一員として、実際にオーストラリアへ向かわれたという。その辺りのお話も含め、色々と伺って来た。
・まずはじめに、大阪市立科学館でのプラネタリウム投影。その特徴とは何ですか?
飯山青海(OI):私達が大事にしているスタンスとしては、学芸員が生で解説するというスタイルですね。他所の館では必ずしも説明する人間が、その場で喋っているわけではなくて、録音の解説を流していたりするところもあるんですが、我々のスタンスとしては、天文学をわかっている専門職員がその場で解説をさせて頂くということを大切にしています。今は『ブラックホール 〜宇宙一明るい!?謎の”黒い穴”〜』というプログラムを投影していますが、そういった企画構成も我々でやっています。
確かに僕が今まで行ったことのあるプラネタリウムは、解説が全て録音だった。
天体を見ながらその場で生の解説が聞けるというのは、暖かみがあって、お客さんとの距離も近い。それに学芸員の方によって、同じプログラムでも解説に個性の違いが出るのも魅力だと思った。
・飯山さんが流星の研究を始められた経緯を教えてください。
OI:たぶんですね、大学のあれは・・2回生だったと思うんですよ。8月にペルセウス座流星群という、見ようと思えば誰でも見れる『初心者向け』と言えば語弊があるんですが、そんな流星群があるんですね。で、その91年という年は日本は外れ年で、一番見えるのはアメリカあたりだと言われてたんです。地球が回転する中で、ここにきた時に一番流れ星が出ますよって場所があるんですが、そこに到達するときに昼間だったら見えないですよね。予測だとアメリカは夜になってて、日本は昼で。だから今年はスカでしょうって予測だったんです。でもなぜかその12時間前、日本が夜の時にじゃんじゃん出ちゃったんですよ。それを実は僕は見てないんです。今年は外れ年だからいいだろうって、さぼっちゃったんですね。まあ、その時はまだ特に流星がってわけじゃなく、星なら何でも好きな小僧だったんですが。
でも出ちゃったんで、じゃあまた明日ってわけにはいかないですよね。その日出ちゃったら、もうそれっきりで終わりなんで。非常に悔しい思いをしました。見たかったなって。
次の年、92年に見ようと思ってスタンバイしてたんですが、べったり曇られましてね。日本中ほとんど曇りで。そしたら新潟の山の中で僕の友達が、「見たよ!凄かったよ!」って。空の八割型が雲で覆われてて、その小さな切れ間からびゅんびゅん飛んでいるのが見えたっていう話を聞いて。去年より多く出たんじゃないかって話で、非常に悔しくてですね。
そうこうしてたら92年の9月、母彗星っていうのが見つかったんですよ。当時ペルセウス座流星群の元になるほうき星っていうのは、1980年くらいに太陽の側を通過して、誰も見つけてないまんま見逃されたんだろうという感じがしてたんですが、そうじゃなくって92年にちゃんと帰ってきたと。
そのへんのメカニズム・・母彗星が帰ってきて流星がたくさん出るっていうメカニズムを、肌で感じたっていうか、現場にいあわせたんで、これは凄くサイエンスとして腑に落ちる話なんですよね。納得して、これは面白いなっていうのを感じて。
そのあたりから、ちょうど98年99年あたりに獅子座流星群がたくさん出るはずだっていうのは、あと5、6年でしたから、カウントダウン状態になってて、みんなドキドキで。
それでこの時から獅子座流星群まで絶対にばっちり観測するぞってとこから、今に至ってるって感じですね。
※ ペルセウス座流星群:毎年7月20日頃から8月20日頃にかけて出現し、8月13日前後に極大を迎える定常群。年間三大流星群のひとつ。
※ 母彗星:流星群を生む流星物質を放出している天体。周期彗星か、最近まで彗星だった小惑星である。
※ ペルセウス座流星群の母彗星:周期133年のスイフト・タットル彗星。この彗星は1862年にスイフトとタットルによって発見され、イタリアの天文学者ジョヴァンニ・スキアパレッリによってペルセウス座流星群の母彗星ではないかと指摘された。当初1982年頃に回帰するとされていたが発見されなかった。しかし91年と92年にペルセウス座流星群が平年の2倍以上という大出現をしたことから母彗星も回帰すると予測され、その年の9月27日に日本の彗星探索家・木内鶴彦がスイフト・タットル彗星を再発見し、世界から注目を浴びた。
科学者にとって、研究対象への欲望がなくなったら、それはもう科学者ではないと話される飯山さん。研究分野によっても異なるが、飯山さんの場合、それはまず「見る」ことだそうだ。
今でも大学生の頃と変わらず、流星を「見たい!」という思いや喜び、そして熱意は変わらない。
そして話題は『はやぶさ』へ。
今、全国の科学館や天文台で延長上映され、圧倒的な人気を博している全天周映画がある。数々の困難に立ち向かい、太陽系誕生の謎をさぐる『はやぶさ』の波乱と感動に満ちた探検の旅を、臨場感溢れるCGで描いた『HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-』。
DVDは今どこも品切れ。僕も買いに行ったが売り切れで、入荷待ちの状態だった。
もちろん、ここ大阪市立科学館でも上映されているこの作品は、飯山さんが総合プロデューサーとして制作された。
OI:正式に制作がスタートしたのは2008年の8月。まずその前に、監督さんと顔合わせをして構想とかを練ったりしていたのは4月くらいからですね。
タイミング的には2007年の4月にはやぶさが地球帰還開始しましたとの宣言が出ましたので、そんな感じですね。
私自身、はやぶさの計画を知ったのは1998年ですので、その頃からずっと注目をしてました。2003年の打ち上げの時も当然、これでちゃんと軌道にのって成功すればプラネタリウムで取り上げたいなとずっと思ってたんですね。
・『はやぶさ』のどんなところに惹かれたんですか?
OI:私はやっぱり流星の研究者であり、太陽系の研究者ですので、「小惑星を研究する」というその目標を掲げている時点で注目に値するプロジェクトなんです。
宇宙における通常の探査っていうのは物を持って帰らないんですね。分析器を持って行って、現場で調査を行ってそれで終わりなんです。それと違って、はやぶさは持って帰るというんですよ。それは何が違うのかっていうと、探査機を上げる時っていうのは重量制限が凄い厳しいんです。例えば、はやぶさの場合機体が500kgですけれども、それを上げる為に使っているロケットは140t。140tの燃料を使って、500kgしか上げられないんですよね。
mg程の粒子があれば、ほとんど何でもわかっちゃうくらい高性能な分析装置が地上にはあるんですが、それは大きすぎて乗せられないんです、ロケットには。
ロケットに乗るサイズの分析器の制度で満足するのか、地上にある最高級の分析装置を使いたいのかっていう、そこの科学のギャップっていうのは大きいんですね。
乗せられる探査装置っていうのはどうしても限られます。それでも持って帰るっていうのは非常に困難なので、だからしょうがないから片道それで乗る範囲で研究してたわけですが、微量であっても持って帰れれば、そっちの方が凄く研究成果としては上がるっていうのは、皆思ってたんです。思ってたけどできなかった。
かろうじてやったのが月ですね。月はやっぱり近いので、アメリカは人がいって拾って持ってきましたし、ソ連は人が乗らずに行って取って帰ってきましたけれども、月以外の星っていうのは格段に遠いわけですよ。
・しかも小惑星イトカワは凄く小さいですよね。そこへ行って、そして帰ってくる・・・。
OT:帰るという前提でいえば、火星なんかに行っちゃうと、離陸するのは重力がたくさんあって大変なので、帰りを意識するなら小さい方がいいんです。でもやっぱり行くのは大変です。小さい的に行くのは大変なんですが、帰ることを考えると大きい星にいっちゃうと離脱に凄い燃料がいる・・・だから大きくても小さくてもどっちもどっちっていうのがあるんですね。
ただそういう、誰も今までやりたくてもやらなかったことに対して、俺はやるぞっていうチャレンジする看板を掲げたっていうのが、打ち上げの前からこれは見とかないといけないと注目していた理由ですね。
※ 小惑星イトカワ:太陽のまわり、地球と火星の軌道を横切りながらめぐる、直径500mほどの小さな天体。表面の重力は地球の10万分の1とはるかに小さい。
地球へ戻って来られただけで、この『はやぶさプロジェクト』は大成功だったと僕は単純に思っていた。しかしそこで、そもそも何をもって成功・失敗なのかを飯山さんは話される。
OI:打ち上げ前に、はやぶさは小惑星の石を持って帰るっていう目標を掲げてるんですが、それは、細かく言うと目標が長くなるのが面倒臭くて、そう縮めただけなんですね。現実にはものすごくたくさんの技術試験を大量に詰め込んであるんです。
例えば有名になったイオンエンジン。新型エンジンを本当に何年間も飛ばして、ちゃんと耐久性大丈夫なのっていう試験ですね。
それから探査機自身が自分の位置を把握して安全なところへ進むっていう自立航法の試験。
あと、重力のないところで物を拾うにはどうすればいいか。皆スコップで拾えばいいじゃないかって言うんですけどそれじゃ駄目なんですよ。重力がないってことはスコップを当てたら自分が跳ね返されて浮いちゃうんです。トリモチみたいな物で、ベチョッとやればいいじゃないですかっていう人もいるんだけど、もしピカピカの一枚岩だったら何もとれないですよね。
つまり、行ってみなきゃどういう状態かわからないところにいって、何とか何かを取ってくるにはどうしたらいいか。これはまったく新開発の未知の技術ですよね。
宇宙機っていうのは基本的に壊れないことが一番大事なので、実績のある古びた技術を使うんです。でも例えば今回初めてリチウム電池を乗せて、宇宙で使えるかなっていうテストも兼ねている。その他もろもろ、そういう色んなテストが含まれてて、全部うまくいったら石がとれますよっていう。
で、現実を言うと全部はうまくいってないんです。100%とは言えない70%成功したといえるものもあるし、30%成功したといえるものもあるし。一概に白黒二文論で成功失敗とは言えないんです。
小惑星サンプルの採取についても、そこをクローズアップするのはこのプロジェクトの本質ではないんですね。
つまり、変な言い方ですけれども、今回行って帰ってきてあれだけとれたんですから、もし駄目だったらもう一回やればできるんですよ。あとはお金の問題だけです。今まで、はやぶさの前っていうのはできるかどうかすらわからなかった。いくらお金を突っ込めばできるかっていうのもわからない。で、今回取れたにしても取れてないにしても、次これだけお金をかければ出来ますよっていうのを言えるわけですよ。それが凄い違いなんですね。それを言えるっていうのが実験の成果ですし、失敗しても成功しても、改良のできる失敗ですね。
ここが悪いからここを直したらいいっていうのがわかっていれば、それは実験としては収穫があるわけですね。逆になんで失敗したのかわからないっていう失敗は次に繋がらないんで、実験自体が失敗だと言えるわけですね。
今回のプロジェクトは、うまくいかなかったテストも含めて、もうここをこう改良すれば絶対とは言えないけど九割九分大丈夫ですっていえるような問題の洗い出しはできてる。
そういう意味においては、はやぶさは大成功だと思います。
はやぶさが帰還する2010年6月13日、オーストラリア。
「光学観測班」としてカプセル回収隊に参加されていた飯山さんは、大気圏に再突入し、流れ星となって散っていくはやぶさ本体とカプセルを撮影し、落下するその軌道情報を観測された。
・再突入した『はやぶさ』の観測で何が大変でしたか?
OI:まず「光学観測班」というのは、飛んでくるカプセルが流れ星になって光るわけですので、それをきちんと地上から撮影して、軌道情報ですね、東経何度南緯何度の上空何キロメートルのところ秒速何キロで通過して、ここで光が消えました・・というのを確定する。
ここにこう来たんで、ここで消えた瞬間にこっち向きにこれくらいのスピードで飛んでたっていうのがわかれば、後はこのへんに落ちているかなっていうのが推定できるというデータを得るための観測ですね。
でもその撮影は一発勝負。それになんたって相手が早いので。実際再突入の速度だったら秒速12kmぐらいです。当然大気圏内で失速していきますのでね。それでも流れ星をズームカメラで撮るって、それだけでちょっと狂気の沙汰ですね(笑)。
・ポイントに落ちてから、飯山さんも落下地点へ向かわれたんですか?
OI:僕らは行ってないんです。回収の手順っていうのは、まず軌道決定チームがいるわけで、それは光学のチームと電波包囲探知っていうグループがあって、そっちが本命なんですね。カプセルに発信器が入ってるんですよ。だからそこから電波が出るはずでして、それをアンテナはって、皆その電波が出るのを待ってるんですね。
僕ら光学班っていうのは、もし電波が出なかった時の為のバックアップなんですよ。これって2003年に打ち上げてほんとは2007に帰ってくる予定でしたから、電池も3年古いわけですよね。なので電波出なかったらどうしようっていうので、バックアップで光学班がいるんですね。
・撮影手順としては、肉眼で確認してからカメラを覗くんですか?
OI:現場での実際の作業手順としては、光り始めるタイミングっていうのが確実にはわかってなかったんです。相模原の本部からきた情報っていうのは、上空200kmのこの位置を何時何分何秒に通過する「予定」ですっていう、それは秒まで出てるんですね。ところが、その200kmでは光らないんですよまだ。流れ星っていうのはだいたいものすごい早いもので150kmくらい、通常100kmくらいで、はやぶさのカプセルは流れ星の基準でいうと凄い遅いので、上空100kmを切って大気が濃くなってから光り始めるというわけで、たぶんその本部からきた秒の30秒40秒後くらいから光るだろうと言われてるんですね。
で、光り始めるまでも進んでるわけですから、予報されたルートのところを着々と進みながら、どこかで見え始めるという状況なんですね。なので、最初は絶対逃さない広角で待ち構えるとともに、最初の一目はたぶんいかに高感度カメラといえども、人間の目のほうが先にみつけられるだろうと僕は思っていたんです。これはもう自分の体感ですね。
自分の目の能力と画面で映る星の数とをあわせて、やっぱり感度を目一杯あげると画面がざらざらになっちゃうこと、カプセル自体は相当明るいだろうというのもあったんで、ノイズがそれなりに少ないラインに押さえて、それでもそこそこ星がちゃんと映るラインに持って行って・・・その時の体感で、たぶん目の方がカメラのファインダーモニターよりも先に見つけられるだろうと思ったんで、予定される位置にカメラを向けた上で、目で見てたんです。
で、見つけたと思った瞬間にファインダーを見たらもう見えたんで、そこからあとズームで寄せてって、そのあとずっとモニターで見てました。
で、それを手動で追います。自動では無理なんですね。自動でやったら、突入する『はず』って言ってる測定誤差がわからないんで。
結局一発勝負は人間がやらないと、機械任せは信用できないですね。
どこにどういう誤差が生じてくるかわからないですから。
飯山さんが撮影された『はやぶさ』帰還時の映像は下記アドレスに掲載されています。
やはり科学者・研究者としての、飯山さんの「見る」ことにおける熱意はとてつもない。
先日6月26日・27日、飯山さんは「はやぶさ回収隊参加報告会」を行われた。
『帰ってきた「はやぶさ」』と題した特別プラネタリウムで、はやぶさプロジェクトのことや、帰還カプセル回収時の現地の様子、飯山さんが撮影したビデオ映像、またオーストラリアの夜空を紹介されたという。それはものすごい反響で、チケットは早々と完売した。あまりの反響に、追加投影が決まった程だ。
7月13日(火)16:00、プラネタリウムホールにて行われる。
ここではご紹介できなかった実際の『はやぶさ』の映像をぜひ。
誰も挑戦しないことに挑むということ。
新しいことを恐れないということ。
成功と失敗。大切なのはその本質だということ。
本当にたくさんの人が『はやぶさ』に関心を抱いている。
6月13日、午後10時51分。
一体どれだけの人が夜空を見上げ、「おかえり」と呟いただろう。
もうすぐ、ペルセウス座流星群がやって来る。
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飯山青海 プロフィール
1971年生まれ。平成14年より大阪市立科学館で学芸員として勤務。
大阪市立科学館においては、プラネタリウムの投影などに携わっている他、流星・彗星・小惑星を中心に惑星科学分野と化学分野を担当。また、アマチュアの流星観測研究グループ「日本流星研究会」の幹事も務めている。
【大阪市立科学館】
〒530—0005 大阪市北区中之島4—2—1
tel:06—6444—5656
【HAYABUSA -BACK TO THE EARTH-】
文 山下 修平
撮影 福田 浩一
Unknown
2010年7月13日 0:16
事務所のすぐ近くにあるのに、前を通る度、HAYABUSAのCG観たい、と思いつつ見逃してきました。明日、16時から「帰ってきたHAYABUSA」のプラネタリウム上映があるので、プレが終わったら行ってきまーす。byピタポン
shuhei
2010年7月13日 20:10
久保さん、コメントありがとうございます!
本日16:00からの「はやぶさ」特別プラネタリウムは無事ご覧になられたでしょうか?前回の時は、チケット朝発売の時点ですぐに売り切れてしまったらしいので・・・。
ぜひまた今度、はやぶさのことや他にも色んなお話ができれば幸いです!
ありがとうございました!